アヤテ

種族:こびと族
生息地:高円寺
主食:音楽、映画、舞台(雑食性)
血液:O型
体長:162cm



1980.6.20 山形県酒田市の郊外に生を受ける。
1986.4 酒田市立北平田小学校に入学。 この頃から自分をロボットでは無いかと疑い始める。 何故なら、ひじを角にぶつけるとびりびりしたから。
1987 妹の影響で家にあったエレクトーンを弾き始める。
小学校の音楽の授業で「となりのトトロ」を自主発表し喝采を浴びる。
10 国語の漢字テストでカンニングがばれる。周囲の過剰な期待が負担となったか。
1988.4 この頃から、野球を始める。北平田スポ少野球に入団。 守備力だけは上級生を凌駕する。
また、エレクトーンを本格的に習い始める。
6 小学校の相撲大会で学年2位になり、市の相撲大会に出場。元幕下の力士(栃王)である窪田君と1回戦で当たり、見事に敗戦。
9 3年生ながら、野球の新人戦(5年生以下)に9番・セカンドとして出場。
1992.4

6年生になり、スポ少野球の主将に任命される。エースとしても君臨する。しかし弱小であったチームは1回も勝てずに最後の大会を向かえる。私が無四球完投するも6-1で敗戦。生涯成績は、ホームスチール成功1回、失敗1回。

1993.4 酒田市立平田中学校に入学。陸上部に入部。
5 エレクトーンを辞める。最後の大会に出場し、ドラゴンクエストXの「空飛ぶ絨毯」を演奏。納得の行かない出来にとめどない涙を流す。
1994.3 B'zの「The 7th Blues」を聴き、ロックに目覚める。
4 2年になり学級委員に指名されるも、やりたくない一心で涙を流しながら辞退。
5 2年生ながら、酒田飽海地区中学駅伝大会で花の1区を走る。区間10位。
6 陸上部長距離の部長になる。裏エースとして君臨するも、私が組んだきつい練習メニューに部員がついて来ず、部長を退職する。またこの頃の猛練習がたたり、ひざを壊す。そのため成長が止まり、こびと族として生きていくこととなる。
7 エレキギターが欲しくなる。親に相談したら、「期末テストで学年1位になったら買ってあげる」とのこと。高得点を叩き出し見事に学年1位に輝き、ギターを獲得する。
10 生徒会選挙で販売部長に立候補。何故か対立候補にこっぴどい惨敗を喫す。
1995.9 絵画のこども県展で県展賞に輝く。これは9000点の応募作の中の最優秀賞であり、やばい快挙であった。今なお平田中には私の顔写真と受賞作の新聞記事が額縁入りで飾られている。
11 中学最後の文化祭で、合唱コンクールのために尽力。「大地賛頌」のピアノ伴奏を担当し、全て暗譜で弾く。合唱は最優秀賞を受賞。
1996.4 山形県立酒田東高校に入学。陸上部に入部。
6 あまりにも女子としゃべれない私を見兼ねて、陸上部の同期女子達が私に対してカラオケでZARDの「心を開いて」を歌ってくれる。
7 実力不足で県大会に行けない自分を悲観して競歩を始める。県記録会の5000mWで7位入賞。酒東記録を樹立。しかも、係員が1周数え間違えたため実際は4600mであったとの説。
12 陸上部筑波大合宿。1000m×10のインターバル走を見事にこなした事で自分に自信を持つ。この合宿を通じて、女子としゃべれるようになる。
1997.4 2年になった頃から作曲に精を出す。この年だけで50曲ぐらい創ったか。名曲「四阿(あずまや)」が生まれる。
5 陸上地区予選で3000m障害に出場。6位以内が県に進出する条件下、終盤まで7位で推移し、ラスト200mで4人をごぼう抜きして4位入賞。感動の嵐が巻き起こるとともに他校から恐れられる。
1998.5 3年になり、陸上部として最後の県総体。3000m障害予選で敗退。マイルリレー(400m×4)も県8位で惜しくも東北大会出場(6位以内)を逃し、涙の引退。
7 三者面談で第一志望の一橋大を「あまりにも無謀」「2年計画なんでしょ」と言われ発奮する。
8 最後の文化祭に向け、友達と5人でREDBERRY JAMというブランキーのコピーバンドを結成。練習に明け暮れる。文化祭のテーマは私の案が採用され、「現実逃避の宴」。そして、本番では伝説として語り継がれる凄まじいライブを魅せる。ミスコンで私が「アーティスティックNo.1」に選ばれる。司会に「一芸をやって下さい」と言われて「四阿」を熱唱。
9 猛勉強を開始し、模試で学年1位を獲る。教師陣の間にも「もしや」の期待を抱かせる。
1999.3

一橋大学社会学部にまぐれで合格。髪を金髪に染めて様々な方面で物議を醸し出す。

4 入学。学生寮「荘内館」に入寮。髪をピンクに染める。勘違いオーラを出しまくり、大学の新歓では疎まれる。テニサーのセレクションで落選して路頭にさ迷う。この頃、ナナコと出会う。
6 紆余曲折の末、ダンスサークル「CHERISH」に入る。
2000.9 CHERISHの合宿に学年の男子全員不参加。サークルを追い出される。この頃友達のライブで対バンだった「くぎバット」を見る。ギターを募集していたため加入を決意。
10 くぎバットに加入。色々な事を学ぶ。こびと族としての自覚が芽生える。
2001.5 くぎバットのメンバーとして、首都圏での初ライブ。
8

荘内館の総務として「庄内祭」など数々のイベントを敢行。

12 荘内館の後輩2人と一緒にホノルルマラソンに出場。本番1週間前に右ひざを負傷し、7時間23分という最悪のタイムで完走。
  ナナコさん、蘭子さんが中心となった、劇団オカラ座の公演「RENT」を見る。大いに感涙。ミュージカルを創りたいと思うようになる。
2002.3 ナナコさんからオリジナルミュージカル制作の話を打診される。即諾。長い制作期間に入る。この頃、440君と知り合い意気投合する。
5 某銀行に内定。Bank Rocker もいいかなと思い始めるが未来に悩む。コビトゲノムの解読を開始。
11 くぎバットの活動休止が決定的に。将来に不安を覚える。
2003.1 留年を決意。入行直前にして某銀行の内定を辞退。1時間半説教を受け、泣かされる。
3 荘内館を任期満了により退館し高円寺に移動。
4 大学5年目に突入。ミュージカルの曲創りが難航する。就活も難航する。
6 某会社に内定。
7 ミュージカル仮サントラ完成。
10 ミュージカル音楽制作で苦楽を共に歩んで来た打ち込み担当の440君が病に倒れて入院。彼に任せようと思っていた本サントラのレコーディングを全て私1人でやることに。やっと目が覚める。まさにFEEL AWAKE。
11 劇団オカラ座オリジナルロックミュージカル「The Yellow Cab」公演。役者としても出演。血と汗と涙の結晶、オリジナルサントラが200枚完売。
12 オカラ座の才能溢れる歌姫達と新バンド anuy (あにゅい)を結成。440君も参加。
2004.3 anuy 初ライブ。
4 某ホークス買収系グループ会社に入社。
9 強度のストレスとコカコーラの飲みすぎなどから腹ダーツ依存症にかかり、3週間入院。人生を見つめなおす。この入院中に心に関する小説「磨心郷」を書き始める。
2005.2 劇団豆☆六句の「ロッキーホラー和尚」に音楽制作として参加。檀家役としてもちょい参加。あまりの楽しさに、打ち上げの翌日会社を休む。
4 NASH-Projectの白井君と会う。ここから人生が変わり始める。
4 高速スパムのライブを初めて見て驚愕し感動する。久しぶりにバンドがやりたくなる。
7 新バンド、イロドリ★ゲンチャを結成。
7 某ホークス買収系グループ会社を退社。2週間の有給休暇。沖縄に行き、あまりの綺麗な海と食材で腹ダーツ依存症が治りかける。
8 某携帯コンテンツ系会社に転職。入社。
9 劇団JOY JOKERSの公演「BUDDHA BLESS YOU」に音楽製作として参加。素晴らしい出会いに刺激を受けるとともに、創作の意欲に火がつく。